写真家の先生に弟子入り。想像以上に厳しい世界

何も教えない、見て勝手に学べという近頃ではいないタイプの先生

そして会社の休みを使って生まれ故郷の東京の下町を撮り歩きました。木村先生もよく休日を使い撮影に出かけます。そのときはもちろん助手をさせてもらい、撮影ぶりをつぶさに拝見します。学校とちがい、直接教えてくれることはありません。師匠の行動を見て学ぶのです。あるとき、「会社で給料を支払ってくれない、困った」と愚痴話をしていた私は、それを隣で聞いていた先生に「学校出たからって一人前の顔をするな。会社で仕事を教えてもらっているんだから、会社に授業料を払え!」と怒られてしまいました。

会社の仕事はきちんとしているのだから給料を支払うのが当然だと思うのですが、不思議な会社でした。不思議といえば、給料が出なくても餓死する社員はいません。ほとんどの人がアルバイト生計をたてていたのです。撮った写真を批評してもらいにいくと、黙って写真を見るだけで、なにも言ってくれません。業を煮やして私が写真の説明を始めますと、「写真が語る」作品を撮りなさい、と言われました。

それでもしだいに、作品を見た印象が表情に出てくることに気づき、何を言わんとしているのか、その表情のよしあしで判断できるようになりました。1950(昭和25)年に朝鮮戦争が勃発すると、米軍の特殊需要(特需)や国際的な軍需気で、日本経済は息をふきかえし、生産高は戦前の水準に回復しました。「神武景気」とよばれる大型景気が到来し、日本経済の急成長がはじまりした。サンニュース・フォトス社も、報道写真から大企業の広報の写真へ業務内容をかることになりました。木村先生を監督として、先輩がチーフカメラマン、私が助手を務めるクルーが組まれ、会社の工場撮影が始まりました。
事業を立ち上げると今までの生活が一変します。責任も増えますが、一国一城の主となる喜びもあります。そんな中でも経営者交流会に参加できると言うのも起業の醍醐味と言えるでしょう。
生徒に勉強を教える中で準備の大切さを強く感じました。準備のために研修 講師を定期的に行う必要があると考えます。研修を重ねることでより質の高いサービスを提供することができるでしょう。


タイム・ライフのニューヨーク本社は気まぐれで、ある日突然、「首相にインタビューせよ!」などという企画を投げてきます。週刊誌でもあり、時間的余裕などありません。難題に支局はてんやわんやになります。こんな事態を冷静に解決していたのが、チャングさんその人でした。

ほかに類を見ぬ人の強さ、広さで、太平洋の反対側からの注文をこなします。東京支局の「動くシンクタク」と、だれもが彼を認め、信頼していました。独身時代の私は、よく自宅に招かれて食をご馳走になりました。話題が豊富で実に楽しい。彼の『タイム』誌の記者としての生活は、四半世紀におよびました。その間に取材に応じた人も何千人を越すと思います。在職中に、日本のメディアに書くことをすすめました、答えは「ノー」でした。

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